
◆あらすじ
卒業式の日に、主人公の「私」は、かつて告白して振られた彼から声をかけられる。一年半前、放課後の渡り廊下で告白したものの、「ごめん」の一言で終わってしまった恋。卒業式という特別な日に、二人きりの教室で、あの日の告白と、彼の言葉の真意が語られる。終わったはずの恋が、再び動き出す予感を感じさせる物語。
※以下の内容が含まれます※
恋愛、青春、告白
第一章:卒業式は晴れ
卒業式の日は、晴れていた。
空は春のかすんだ青。
体育館に向かう通路では、スーツ姿の保護者たちと制服の生徒たちがすれ違い、カメラのシャッター音が何度も鳴っていた。
教室に残された黒板には「卒業おめでとう」のチョーク文字。
その下には、誰かが描いた大きな桜の花がまだ残っている。
私はというと、その黒板に背を向けて、窓から校庭を見ていた。
みんな笑っている。
楽しそうに写真を撮り、じゃれ合い、名残惜しそうに去っていく人へ手を振っている人もいる。
――なのに、どうしてだろう。
この日を“終わり”として感じられずにいた。
胸の中に引っかかっていたのは、ひとつの“未完”だ。
「……まだ、終わってない気がするんだよな」
思わず声に出してみたけれど、返事はない。
そもそも誰かに言ったわけでもない。
ほんの独り言だった。
でもその時、不意に背後から声が届いた。
「終わってないなら、ちょっとだけ時間をくれないか?」
驚いて振り返ると、そこにいたのは――
かつて一度、告白して、振られた人だった。
彼は変わらず、あの頃と同じ、少し不器用な笑い方をしていた。
私が彼に告白したのは、一年半前の秋だった。
放課後の渡り廊下で、誰もいない瞬間を選んで、緊張で声が震えるのを無理やり押さえて。
「ごめん」
その時の彼の声は、少しだけ掠れていた。
理由は聞かなかった。
聞いてしまえば、変に期待してしまいそうで。
それから私たちは、必要以上に距離を詰めることなく、ただクラスメイトとして、時間を過ごしてきた。
卒業式も、何も話さないまま終わると思っていた。
だから――今、彼が自分から声をかけてくれたことに、ほんの少し驚いていた。
「座ろうか?」
そう聞くと、彼は短く「うん」とだけ言って、窓側の席について椅子を私の方へ回した。
ふたりきりの教室。
机と椅子は彼以外空っぽになっていた。がらんと広くなったように感じる空間。
昼を過ぎて暖かみを帯びた光が窓から差し込み、床に長く影を落としていた。
彼は照れているのか、私に目を向けずに言った。
「卒業、おめでとう」
「うん。……おめでとう」
言葉を返してから、少しだけ胸が締めつけられる。
ほんとうに、今日でこの制服とも、ここでの関係とも、お別れなんだ。
だけど、目の前の彼がこの教室に来た理由は、たぶん他にある。
あの日、何も聞けなかったままにしたこと。
それを、この春の夕暮れに、ようやく言葉にしてもいいんじゃないかと思えた。
そのとき、彼がふとこちらを見て、少しだけ口を開いた。
「……あの時のこと、まだ引っかかってる?」
私が頷いたのは、自然だった。
心のどこかで、やっぱりそうだよねって、思っていたから。
第二章:誰もいない教室、あの時の話
夕陽が差し込む教室は、暖かくて、少しだけ寂しかった。
窓際のカーテンがゆらりと揺れて、机の影が細く長く伸びている。
私は向かいの席に腰を下ろした。
向き合って座るのが、なんだか気恥ずかしいような、それでもちょっと嬉しいような気持ちだった。
彼は少しだけうつむいて、窓の外を見ていた。
しばらく、沈黙が流れる。
でも、気まずくはなかった。
それが逆に、心をざわつかせた。
「さっき……“引っかかってる?”って聞いたけど」
私は口を開いた。言葉が少しずつ形になっていく。
「うん。たぶん、ちゃんと理由を聞けなかったからかな。
あのとき、“ごめん”しか言わなかったでしょう?」
彼は、ほんの少しだけ口元をゆるめて、目を伏せた。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「……あの時、ちゃんと理由を言うと、君に“期待させる”と思ってた。
“今は無理だけど、いつかは”とか。そうやって、引き留めるようなことは言いたくなかった」
一拍置いて、彼は続ける。
「俺、家がちょっと複雑でさ。
親のことでバタバタしてて、進路もギリギリまで決まらなくて、
“人のことを好きになる余裕”が、自分にはないと思ったんだ」
私は黙って、彼の声を聞いていた。
「でも、ずっと頭のどこかにはあった。あのとき、ちゃんと話しておけば――って」
言い終えると、彼は一度だけ深く息をついた。
「……今さら、ずるいかもしれないけど」
私は首を振った。
「ずるくなんてないよ。
あの時、私だって“知りたくない”って思ってたのかもしれないし」
彼は驚いたように、こっちを見た。
私は続ける。
「“振られた理由”って、聞いてしまえばそれで終わる気がしてたから。
まだ、“好き”って気持ちを持っていたい自分がいたんだと思う」
目をそらさずに、静かに彼を見る。
彼もまた、何も言わずにその視線を受け止めてくれていた。
そうしているうちに、少しずつ――あの頃より、ちゃんと互いを見られている気がした。
教室の時計が、5時を少し過ぎていた。
「あっという間だな、今日」
彼がぽつりと言った。
「ほんとに。でも……今話せて、よかった」
私の言葉に、彼は小さく笑った。
その顔は、あの時の“ごめん”の時とはまったく違って見えた。
春の終わりが、ほんの少しだけ“始まり”に変わったような、そんな気がした。
第三章:選ぶということ
誰もいない廊下、しんとした校舎に、とくとくと自分の心臓の音が響いてる気がする。。
私は窓際の外、赤くなる空を見上げる。
彼はまだ椅子に座ったまま、腕を組んでこちらを見ていた。
真剣でも、照れてもいない、ただ静かに見ているその視線が、少しだけ胸に刺さる。
「……ずっと迷ってた」
彼がぽつりと言う。
「君に、今日話すべきかどうか。なんなら、このままもう会わないままでもよかったのかもしれないって」
私はふっと笑って、彼を見返した。
「それはそれで、すっごい後悔するやつだよ?」
「だよな」
そう言って、彼はようやく小さく笑った。
そして少しの沈黙のあと、続けた。
「俺、春から東京に行く。もう決まってて、引っ越しも近いんだ。だけど、今日の卒業式が近づくにつれて、君のことを考える時間が増えてた」
「……うん」
「なんで振ったんだっけって、自分に何度も聞いてさ。で、気づいた。振ったからって、俺の気持ちまでなかったわけじゃないんだよなって」
私は息を止めた。
その言葉は、たぶんずっと心の奥で待っていた言葉だった。
でもそれと同時に――
今、それを言われることで、自分の心がどう揺れるかも怖かった。
だけど、目をそらすのはやめようと思った。
思わず顔を彼に近づけて、言った。
「じゃあ、今は?今のあなたは、どう思ってるの?」
その問いに、彼は少しだけ目を見開いた。
そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと――
「……もう一回、今度は俺から言ってもいいかもしれないって」
教室の窓を打つ雨音が、一瞬だけ遠くなった気がした。
それは、過去の続きじゃなくて、今から始めるという選択だった。
私は、頷いた。
「期待してもいい?」
その言葉に、彼の目尻が緩む。
「頑張る」
「……もう、そういうの、ずるいって」
彼の言葉を窓から入った暖かな春の風が流していく。
いつからか冬の風の中から寒さが消えて、吹く風に心地よさを感じるようになった。
それをいつ心地よく感じたのか思い出せなかった。
彼の声は少しだけ震えていた。
ふたりの距離は、自然に近づいていた。
誰にも見られていない教室で、言葉では言い切れない何かが交わされる。
それがたとえ、遠い距離になったとしても。
たとえ、また不安になる日が来たとしても。
今、この時間だけは、
選んだんだ。もう一度、あなたを。
最終章:春の中にいる
ふたりで下駄箱まで向かう廊下には、もう誰の気配もなかった。
昼間はあんなに騒がしかったのに、今はただ、私と彼の足音だけが響いている。
「誰もいないね?」
「うん。……最後の日だから何人かは残ってると思ってた」
「じゃあ、帰るのやめる?」
「え、それってどういう……」
彼は笑って首を振った。
「冗談。でも、なんか今日だけは、もうちょっとだけこの学校にいたい気分」
「……わかるかも」
並んで外に出ると、草の匂いや花壇に咲く花が、春の夕方らしくてどこか心地よかった。
私たちはそのまま、グラウンドの横を歩く。
少し先で、桜の木がぽつんと立っている。
風に散る花が、花吹雪のように舞っていた。
「またここに来たいな」
私が言うと、彼は立ち止まって、真顔で答えた。
「じゃあ、来ようよ。いつでも。ふたりで」
その言葉は、特別な約束みたいに聞こえたわけじゃない。
でも、それでも私はちゃんと嬉しかった。
「……うん、来よう」
気づけば、手が触れていた。
お互いに握るでもなく、繋ぐでもなく、ただ指先がふれている。
それだけで十分だった。
坂道を下りていく。
夕陽の中、街の明かりがぽつぽつと灯り始めている。
「ねえ、あのとき、なんで“ごめん”しか言わなかったの?」
ふと思い出して聞くと、彼は笑って、答えた。
「……ごめん、って言っておけば、君が“嫌いにならないでくれる”気がしたんだ」
私は吹き出しそうになった。
「最低じゃん、それ」
「うん、だからもう一回……いいだろもう?」
「保留にしとく」
彼の顔を見て、そう言った私の声は、たぶんもう晴れやかだった。
一つの終わりと、春の始まりが混じる空気の中で、
私たちは歩き出す。
ちゃんとお互いの顔を見て、
ちゃんと選び取った答えを胸に――
はじまりは卒業式で〈終〉
※この作品はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。






