誰も戻らないビル the-building-of-fear

登場キャラクター

◆ハジメ: 探索系YouTuber。 好奇心旺盛で、危険な場所への潜入も厭わない。 視聴回数やネタになる映像を撮ることを優先する傾向がある。

◆アユミ: ハジメの幼なじみ。ハジメに同行するが、怖がりで慎重な性格。不気味な雰囲気や異常な状況に敏感に反応し、早く脱出したがる。

◆あらすじ
二人は「入ったら二度と帰ってこない」と噂される忌まわしい廃ビルに、動画撮影(ハジメの目的)のために足を踏み入れた。 ビルの内部は異常な現象に満ち、成す術なく二人は追い詰められいく。

    

※! ※以下の内容が含まれます※! ※
バッドエンド、ダークファンタジー、グロテスク、ホラー、虫、R15G、集合体恐怖症の方はご遠慮ください

  

ビルの噂

  

「〇〇ビルに入ったら、二度と帰ってこない」
そんな噂が街で囁かれ始めたのは、つい先月のことだった。
最初はホームレスや不法侵入者が勝手に居ついているだけだろう、と誰も真に受けなかった。だが、いつしかそのビルを確かめに行った若者たちが次々と行方不明になり、警察が調査に踏み込んだものの何もわからず――いつしか“誰も近づかなくなった”忌まわしい廃ビル。

それでも好奇心を抑えきれない者は後を絶たない。噂が真実かどうか、自分の目で確かめたい――そう言って足を踏み入れた者たちが、今も行方知れずのままだ。

探索系YouTuberの「ハジメ」は、幼なじみの「アユミ」とともに現地を訪れた。
コンクリートがむき出しになったまま放置されたビルは、もともと商業施設になる予定だったらしい。しかし何らかの理由で工事が中断し、そのまま十年以上も放置されたと聞く。
正面入口は錆びた柵があるだけで、鍵などは掛けられていなかった。夕暮れの薄赤い光が、ビルの窓枠と廃墟の影を鋭く切り取り、どこか不吉な雰囲気を醸し出している。

「なんか、嫌な感じ……」
アユミが小さく呟いたが、ハジメはカメラを回しながら笑う。
「大丈夫。噂なんて所詮デマだろ。ほら、ぱぱっと撮って帰ろうぜ」
そう言いつつも、彼自身も胸の奥に薄ら寒いものを感じていた。だが視聴回数を稼げるかもしれない、という欲がそれを押し殺す。

2
朽ちた扉を開けて中へ足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。外の車の音や風の音が、まるで遠のいたかのように聞こえなくなる。
コンクリート打ちっぱなしの廊下には、足首まで積もった埃と破片が散らばっていた。何より不気味なのは、その静寂の中に微かな“ざわざわ”という音が混じることだ。
「……聞こえる? 何か……虫?」
アユミがささやき声で問いかける。確かに、壁の内側を小さな何かが走り回っているような、あるいは羽をすり合わせるような音が絶えず聞こえてくる。
しかしライトを当てても、虫の姿など見当たらない。ただひび割れたコンクリの隙間が奥まで暗く伸びているだけだ。

廊下の突き当たりに、工事用の階段が見えた。照明はすでに撤去されており、懐中電灯の光だけが頼りになる。
アユミは何度も暗闇を振り返りながら、ハジメの後をついていく。進むにつれて“ざわざわ”音が強くなっている気がするのは気のせいだろうか。

二人は2階、3階と無骨な階段を上がっていったが、床に散らばる埃の量は変わらない。それどころか、あるフロアに足を踏み入れた瞬間から、足元がざくっと奇妙な感触を伝えてきた。
「……ちょ、ちょっと待って」
アユミがライトを向けると、足元に散乱しているのは埃だけではなかった。無数の小さな黒い粒子――いや、虫の死骸だろうか? 乾いた節足や羽の切れ端が、薄く床にびっしりと敷き詰められていた。
「うわっ、なんだよこれ……」
ハジメも息を飲む。踏みしめるたび、粉砕されるような妙な感触とともに、空中に細かな粉塵が舞い上がる。

あの“ざわざわ”音は壁や床の内部でまだ生きている虫たちが発しているものなのだろうか。しかし、この量の死骸はどう考えても不自然だ。
「帰ろうよ……さすがに、これ……」
アユミの声は震えていたが、ハジメはチャンスだと思った。
「まだ撮ってないよ。もう少し奥まで行って、ネタになる映像撮らないと――」
そう言いかけたとき、遠くの廊下の先で“何か”が動いた。人の背丈ほどある影が、壁際をぬるりとすり抜けたように見えたのだ。

「ちょ、誰かいるのか?」
ハジメが声を張り上げるが、応答はない。二人は恐怖を払うように意を決してその影を追うように廊下を進む。
だが、暗がりを照らしてもそこには何もいない。ただコンクリのひび割れの中を這う無数の虫のような気配――その“ざわざわ”だけが、いよいよはっきりと聞こえてくる。

そのとき、不意に床が揺れた気がした。まるで下層から大きな鼓動が伝わってくるかのように、コンクリートが微妙に波打った。慌てて足元を見下ろす二人のライトが、灰色の床に何かの筋が浮かび上がるのを捉えた。
「あれ……?」
無数の線が集まって“網目”のような模様を描いている。よく見ると、それはただのひび割れではなく、何か生き物の血管か神経のようにも見える。コンクリートの中を脈打つかのように、わずかな動きを伴っていた。
「……こんなのおかしいって……ビルが、まるで生きてるみたい……」
アユミの呼吸が乱れる。ハジメは言葉を失った。ライトの先で、床や壁の模様がじりじりと動いているように見えるのだ。

突如、壁のひびから何か細長いものが溢れ出し、アユミの靴を濡らした。懐中電灯を向けると、それはドロリとした灰色の粘液――中には無数の白い卵塊のようなものが混ざっている。
「ぎゃっ……!」
アユミが悲鳴を上げて足を引くと、粘液は生きているかのように動き、彼女の靴底に絡みついてきた。こすり落とす暇もなく、それはじわじわと靴の布地を浸食し、表面に巣くうかのように広がっていく。
同時に、天井からも粉塵のようなものが落ち始めた。それを浴びたハジメが咳き込む。喉がヒリつき、目の奥の方へ焼けるように痛みが生じた。

「早く、外に出よう!」
二人は引き返そうとするが、先ほど入ってきた通路が妙な歪みを見せ、コンクリートの壁が遮るように動いていた。
「嘘……通れない……」
青ざめるアユミの背後で、再び“ざわざわ”音が高まり、今度は明らかに壁の内側から“無数の音”が近づいてくる。コンクリが崩れかけた隙間から、真っ黒な何かが多数飛び出してきた。
それは羽根を失った巨大な蟲の群れか、あるいは何かの幼体か――あまりにも異様で、ライト越しにも細かい足や触角がうごめくのがわかる。

退路を塞がれた二人は階段を駆け上がるしかなかった。4階、5階……上へ行けば行くほど、空気は濃密な湿気と腐臭を帯び、そこらを走る虫の大群が目に見えて増えている。
「どうして……なんでこんなことに……」
体力の限界で泣きそうになるアユミに、ハジメも声をかける余裕がない。息を切らしながら、彼はただ無言でカメラを回し続けた。
しかし、そのレンズには正気を失いそうな光景ばかりが映る。通路の天井や壁には灰色の網目がびっしりと走り、所々で人の形をした“何か”のシルエットが盛り上がっているように見えた。

「ねえ、あれ……人……?」
アユミが指さす先、壁からせり出す瘤のような突起には、まるで人の腕に似た膨らみが生えていた。それが痙攣するようにびくびくと震え、皮膚のようなものが裂け、中から卵か蛆のかたまりがにじみ出してくる――。
あまりの気味悪さに目をそらそうとするが、頭の隅には「これがかつてここに来た人のなれの果てではないか」という疑念がこびりつく。

どこまで上ったかもわからなくなったころ、ようやく階段の上に“屋上”と思しき扉が見えた。鉄製のドアは錆びているが、かろうじて開きそうだ。
「そこ……開くかも……!」
ハジメが何度も肩でぶつかり、ドアをこじ開ける。外の風が一瞬入ってきた。夜の空気がかすかに流れ込んだことで、二人の胸に一瞬だけ安堵が広がる。
(まだ外には繋がってる……!)
だが、その一瞬の安堵は振り返った扉の向こうを見た瞬間に打ち砕かれた。

“動く影”が無数に群れていまにも溢れだしそうになっていた。
ときどき人間の上半身に似たシルエットが、のたうつように黒い液体を吐き出している。扉から出て屋上に次々と動く影が増えていく。
悪夢そのもの――二人は声にならない悲鳴をあげ、後ずさったが、背後からも“ざわざわ”が迫ってくる。見れば虫のようなものが黒い垂れ幕のようになって屋上から見える空を遮っていた。もう逃げる場所などない。

「……わたし、帰れないの……?」
アユミが嗚咽まじりに呟く。ハジメはのろのろとカメラのレンズを屋上の光景へ向ける。
一歩足を動かすだけで、足元の何かが潰れ、粘液とともに濁った臭いが鼻を突く。
視界の影から、ヒトのような骨格を持つ形がすうっと立ち上がる。瞳はなく、口からは虫がこぼれ落ちる。それがゆっくりとアユミに向けて手を伸ばし、咀嚼音にも似たかすれた声を上げた。

もう逃げられない。どこを見ても“それ”だらけだ。
「ハジメ……助けて……」
アユミが涙を浮かべながら叫ぶが、ハジメには映像を回し続けることしかできない。そこへ闇のように押し寄せる得体の知れない群れが、彼らを包み込む。

――バチバチッ。
カメラの映像が乱れ、レンズに何か黒い液が飛び散る。
「助け……まって……! ひぎゃあああ……」
断末魔にかき消されるように、カメラは地面に転がり、最後に屋上の夜空を映し出した。星の光など届かない、濁った夜の空が視界を覆う。次の瞬間、ビィーーーーと警告音が響き、それを最後に屋上で動く者の音は途切れた。

   

エピローグ

   
数日後、ハジメとアユミを含む数名の行方不明者が出たという噂が街で広まった。警察がビルを調べに行ったが、鍵が掛かっていたわけでもないのに、誰も中へ踏み込みたがらなかったという。
遠目に見るかぎり、そのビルはただの廃墟でしかない。だが、中へ入った者は決して戻ってこない。
まるで生き物のように呼吸をする壁、無数の虫の屍骸を踏みしめる床、そして屋上に巣食う“群れ”。それらは静かに獲物を待ち続ける。

噂が消えない限り、誰かがまた、あのビルに足を踏み入れるだろう。そのときまで、廃ビルは“腹をすかせた怪物”のようにじっと待っている――。

  

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