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夜の森に響く咆哮

あらすじ
古くから「満月の夜は山に入るな」という言い伝えがある山間の村で、都会から来た大学生グループ(ショウ、カナ、ハルキ、フミヤ)が肝試しのために夜の山へ足を踏み入れる。彼らは森の中で血生臭い異臭や不気味な視線を感じ、やがて異様に大きく、知性を感じさせる凶暴な獣に遭遇する。

※!※以下の内容が含まれます※!※
バッドエンド、グロテスク、ホラー、クリーチャー、R15G、残酷な描写あり、欠損表現あり

 

◆プロローグ


薄暗い山間の村。満月の夜には決して外を出歩いてはならない——そんな言い伝えが古くからあった。
しかし都会から来た若者たちは古臭い言い伝えを笑い、肝試しと称して山の中腹にある古い神社へ向かった。もちろん、彼らは何も知らなかったのだ。森の奥から“何か”が目覚め始めたことを……。

  

◆腐臭漂う森

 
夜の八時過ぎ。森の木々が風にざわめき、葉擦れが不気味な囁きのように聞こえる。
四人組の大学生たちは、山道沿いに続く鳥居を潜り、スマホのライトを頼りに歩を進めた。
「なんだよ、全然怖くねーじゃん。すぐに神社に着くだろ?」
リーダー格のショウが軽口を叩くと、他のメンバーも続く。だが、一人の女性カナは落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「……変な匂いしない? 何か、血生臭いような……」
言われてみれば、鼻の奥にじわっと嫌な刺激がある。腐った肉のような、獣臭さのような……けれど周囲は暗く、確認するすべもない。

やがて森の木々が一段と密集したあたりに差しかかると、枝葉が月光を遮り、不気味な闇が広がる。スマホの画面だけが薄白く地面を照らし、足元の枯れ葉がカサリと音を立てた。

突然、風もないのに林がざわめき、何かがこちらを見ている気配がした。
チームの一人、ハルキが足を止める。
「……おい、誰かいるのか?」
返事はない。しかし、しんとした暗闇の中、鋭い視線が彼らの背中を焼きつけてくるようだ。

そのとき、木陰の奥で白い光がちらりと反射した。何か金属が光ったのかと思った瞬間、それが“獣の目”だと気づいて背筋が凍る。
「目……だれか、あそこ……」
カナが震え声で指さすと、それは瞬きをするようにゆらりと動き、次の瞬間には消えていた。まるで獲物を狩る前に標的を定める捕食者のような気配。

あたりを警戒しつつ進んでいくと、そこには古びた祭壇のような石造りの台座があった。祭壇の周囲には木札が散乱し、地面に濡れた跡が広がる。
「これ……血?」
ライトを当てると、濃茶色に変色した液体のしみがべったりと地面を覆っていた。鉄臭い刺激が鼻を突き、思わず誰かが嘔吐しそうになる。
「やばい、帰ろうよ……」
誰もがその場を離れたくて仕方ない空気になった。だがショウは気丈に言い放つ。
「ここでビビったら話になんねぇ。ちょっとだけ奥を見て、それで帰ろうぜ。ほんの少しだけ……」
大丈夫だ、怖くない——そう自分に言い聞かせるように深呼吸をする。

だが、その深呼吸が終わらないうちに、上方の木々がざわめき、枝が乱暴に揺れる音がした。視線を向けた瞬間、何か大きな影が樹上から飛び下りてくる。

「ぎゃっ——!」
先頭を歩いていたハルキが声にならない悲鳴をあげる。ライトがぶれ、視界が混沌と揺れ動いた。
林の闇の中に、異常に大きな四つ足の輪郭がうっすら見えた。狼か熊の類なのか——そう思う暇もなく、奴は唸り声とともにハルキに襲いかかる。
鋭利な爪が夜気を裂き、凄まじい力でハルキを森の奥へと引きずり込む。悲鳴が途切れ、次に聞こえたのは“ずるり”という不快な音。何かが強引に裂かれ、肉がちぎれる音だ。

「うわあああああ!」
パニックになった残りの三人はあわてて逃げ出すが、森の中は曲がりくねった獣道しかなく、道順などわからない。月光に照らされない下草は視界が悪く、すぐ足元で転倒してしまう。
ショウが転んだ拍子にスマホを地面へ落とし、画面が割れて光を失う。頼りの明かりを失った彼は、暗闇の中で手探りをするが、自分の足に血のような液体がべったりと付着していることに気づいて戦慄した。

悲鳴を上げながら散り散りに逃げた仲間たち。ショウの視界の端で、ライトを振り回すフミヤが獣に背後から捕まっているのが見えた。
「やめろ……! フミヤっ……!」
大きな声を出す勇気はなく、弱弱しく呟く。様子を見ると、獣は体毛の隙間から覗く筋肉と骨の輪郭が異様に発達しており、狼のようでいて異形の顔をしている。口腔の奥に並ぶ牙が月の光で白く輝き、フミヤの肩肉を咬み砕いていた。
フミヤの絶叫が夜闇を裂き、血飛沫が木の幹を赤黒く染める。食いちぎられた肉がずるりと地面に落ち、ぬめりを帯びて臭いを放つ。

ショウは恐怖のあまり声が出ない。必死に顔を背けるが、瞳の奥にフミヤの断末魔と血の光景が焼きついて離れない。

恐怖から走り出したショウは、林の外縁にある小さな開けた場所まで駆け込み、ゼイゼイと息を切らす。そこで偶然、カナと合流することができた。彼女の服は泥まみれで、腕にはひっかき傷が無数についていた。
「ショウ! フミヤは……?」
ショウは頭を振る。
二人の間に絶望が満ちる。そのとき、森の奥から低く唸るような咆哮が響いた。満月の光が一瞬だけ雲間に遮られ、森全体が息を潜めたような静寂が訪れる。

「来る……! 逃げろ……!」
獣は闇から現れた。血濡れの口からは紺色の舌が覗き、片方の前脚には裂けた衣服の赤く濡れた切れ端が張り付いている。
荒い呼吸が地響きのように伝わり、黄色く光る瞳が二人をロックオンした。

ショウとカナは必死に走る。だが森の中は足を取られ、獣のほうがはるかに速い。
獣は木々をかき分ける音もほとんどなく、静かに接近してくる。その姿は半ば人間に近いほどの知性を感じさせる動きで、確実に二人を追い詰めていた。
やがて行き止まりの崖付近に差しかかったとき、ショウは覚悟を決め、カナを庇うように体を張った。
「くそっ……ここで終わりなのか……!」
武器など何もない。せめて石か木の枝でも——と思う間もなく、獣が飛びかかってくる。

ガッ——という激しい衝突音。ショウは咄嗟に枝を掴んで獣の口元を叩いたが、それはまるで意味をなさない。爪が彼の胸を斜めに引き裂き、皮膚や筋肉を剥ぎ取っていく。
「うああああっ……!」
カナの悲鳴が混じり、ショウは咳き込みながら血を吐き、地面に倒れ込む。意識が遠のく中、獣が次のターゲットへ向き直る気配を感じた。

ショウが目を覚ましたとき、すぐ隣にはカナが倒れていた。
「あ……助けて……」
カナの唇が微かに動き、血泡が混じる声を出す。もうろうとする頭でも肉を噛み砕くような嫌な音を拾うことができた。

満月が再び雲間から顔を出し、惨劇の舞台を照らす。あたりには肉片が散らばり、血の臭いがむせ返るほどに濃い。ショウの胸元からも絶えず血が流れ出し、体温を奪っていく。
必死にカナの手を握ろうとするが、その手は既に冷たくなり始めていた。

獣が血塗れの口を大きく開き、ショウの視界に広がる。
這うように逃げようとするが、足腰に力は入らない。自分の血で泥がぬかるみ虚しく手が滑る。ろくに動けないまま、獣の呼吸が近づいた。

ショウの視界を赤黒い液体が覆い尽くす。


獣は低く唸り、満月の光を受けて牙をむき出しにすると咆哮を轟かせた。

  

エピローグ
翌日の朝、地元の村人が山道に点々と続く血痕を見つけた。しかし、肉片や身体の一部は発見されたものの、完全な遺体は見つからなかったという。
“あの山には、月夜に獣が出るから近づくな”——昔から言い伝えられた戒め。村の老人の諦めに満ちた溜息が宙に溶ける。
森の奥で獣が目覚め、また新たな獲物を待ちわびるかのように爪を研いでいる……そんな噂だけが、恐怖と共に囁かれ続けている。

   

    

    

  

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【社会:トップニュース】

 

   
「謎の廃ビル失踪事件多発――“入ったら二度と戻らない”との証言相次ぐ」

  
<本紙特別取材班>
市街地中心部に放置されたままの“通称:廃ビル”をめぐり、不気味な噂が再燃している。先月以降、このビルに侵入した若者を含む十数名が行方不明となっており、警察による捜査も大きな進展が見られない状況だ。
周辺住民の話によれば、「夜になると建物内部からかすかな悲鳴やざわめきが聞こえる」との証言が複数あがっている一方、行政側は老朽化による倒壊リスクのみを取り沙汰し、事件性の確認を後回しにしていた模様。

「警戒区域に指定してもらいたいが、どこも対応してくれない。もしかして“何か”を隠しているのでは?」
—ビルに隣接するビジネスホテル管理人(60代)

事情を知る関係者によると、捜査担当の警察官も現地調査を忌避する傾向があるとのこと。理由は明らかではないが、「過去に捜査員が内部で体調不良を起こし、そのまま退職した」という怪情報まで流れている。
地元住民からは「夜道を通りかかっただけで体調を崩す」「突然虫が大量発生した」という苦情も寄せられ、都市部全体にじわじわと不気味な空気が広がりつつある。

  

  

【地方ニュース】

  
「山間地域に異形の獣か――満月の夜、若者グループが行方不明」
<地方支局・緊急速報>
地方の山間部にある小さな集落付近で、満月の夜に若者数人が行方不明となる事件が続出している。山道からは大量の血痕や破れた衣類が発見されたものの、遺体や当人らの姿は確認できず、警察は熊などの大型野生動物による襲撃の可能性も視野に捜査中。
しかし、地元住民の間では「従来の野生動物が起こす痕跡と明らかに異なる」との声が上がっている。山の斜面や木の上部には、妙に鋭利な爪痕や噛み千切られたような形跡があり、専門家からも「熊や狼とは違う生態がうかがえる」との指摘がなされている。

「あの山には昔から“月夜に現れる怪物”の言い伝えがある。今まではただの迷信とされてきたが……」
—集落の古老(80代)

夜間外出の自粛要請が村レベルで出されているが、県や国の対応は遅れており、農作業や林業などを生業とする住民は事実上、生活の糧を失いつつある。地域経済への悪影響は避けられず、じわじわと混乱が拡大している。

   

   

【緊急記者会見】

  
行政・治安当局の足並み乱れ――対策本部は機能不全か
都市部での「廃ビル失踪事件」、地方での「獣害」と思しき犠牲者の急増を受け、政府は臨時の対策本部設置を発表した。しかし、捜査協力を要請された自治体や警察からは「複数の怪事件が同時多発しており、人員が足りない」「現場の恐怖心が強く、誰も踏み込めない」と悲鳴が上がる。

識者の間では「このままでは捜査機関や医療機関もパンクし、社会機能が麻痺するのでは」と危惧する声が高まっている。
実際に、一部地域ではパニックを恐れた住民が集団で避難を開始。交通インフラが混乱し、物資供給に支障が出始めている。

  

  

【街の声】

  
若者(大学生):

「ニュースを見たら、あの廃ビルはマジでヤバいらしい。SNSでも映像が出回ってるけど、ガチぽい。怖いけど興味ある……」(匿名希望)

  

地元商店主:

「山道が危ないっていう噂で観光客が一気に減った。役場の人も何か隠してるのか、要領を得ない返答しかしない。もう商売あがったりだよ」(60代・男性)

  

専門家(獣医学):

「獣害にしては遺留品や被害状況が不自然だが、確証がないので何とも言えない。救助隊を組織しようにも二次遭難の危険性が高い。正直、打つ手がない」(大学研究員)

  

  

【混乱拡大】

  
首都圏でも奇妙な症状報告が急増
原因不明の皮膚炎や嘔吐を訴える者が各地の病院に押し寄せる。

報告事例には共通点として「廃ビル付近を通った」「山から流れてきた川の水を飲んだ」など、今回の怪事件と関連が疑われる要素が含まれるという。

医療機関はベッド不足が深刻化し、入院患者を受け入れられないケースが続出。

さらに不安を煽るのは、SNSやネット掲示板に投稿された「山で見つかった遺体の写真」や「廃ビル内の奇怪な生物の映像」だ。真偽不明ながら、一部ではこれらを拡散するユーザーが後日行方不明になるなど、不穏な噂が広まっている。

  

  

【コラム:世界はもう限界なのか】

  
専門家コメンテーターは「政府や警察が想定外の事態に直面し、機能不全に陥り始めている可能性」を指摘する。警戒区域の指定が追いつかず、情報統制も失敗。市民は自衛手段も持たず、闇雲に避難やパニック買い占めを行うのみ——。
社会が麻痺するのに、もはや時間はかからない。

「次はどこで、何が起きるのか」
——これが市井の人々の不安を煽り、さらなる混乱と絶望感を生み出している。

あの廃ビルの奥底に何が潜むのか。満月の夜、山で咆哮する異形の獣の正体は何なのか。未解明のまま、取り返しのつかない犠牲が続き、社会の秩序は音を立てて崩壊の一途をたどろうとしている——。

  

  

誰も戻らないビル the-building-of-fear

登場キャラクター

◆ハジメ: 探索系YouTuber。 好奇心旺盛で、危険な場所への潜入も厭わない。 視聴回数やネタになる映像を撮ることを優先する傾向がある。

◆アユミ: ハジメの幼なじみ。ハジメに同行するが、怖がりで慎重な性格。不気味な雰囲気や異常な状況に敏感に反応し、早く脱出したがる。

◆あらすじ
二人は「入ったら二度と帰ってこない」と噂される忌まわしい廃ビルに、動画撮影(ハジメの目的)のために足を踏み入れた。 ビルの内部は異常な現象に満ち、成す術なく二人は追い詰められいく。

    

※! ※以下の内容が含まれます※! ※
バッドエンド、ダークファンタジー、グロテスク、ホラー、虫、R15G、集合体恐怖症の方はご遠慮ください

  

ビルの噂

  

「〇〇ビルに入ったら、二度と帰ってこない」
そんな噂が街で囁かれ始めたのは、つい先月のことだった。
最初はホームレスや不法侵入者が勝手に居ついているだけだろう、と誰も真に受けなかった。だが、いつしかそのビルを確かめに行った若者たちが次々と行方不明になり、警察が調査に踏み込んだものの何もわからず――いつしか“誰も近づかなくなった”忌まわしい廃ビル。

それでも好奇心を抑えきれない者は後を絶たない。噂が真実かどうか、自分の目で確かめたい――そう言って足を踏み入れた者たちが、今も行方知れずのままだ。

探索系YouTuberの「ハジメ」は、幼なじみの「アユミ」とともに現地を訪れた。
コンクリートがむき出しになったまま放置されたビルは、もともと商業施設になる予定だったらしい。しかし何らかの理由で工事が中断し、そのまま十年以上も放置されたと聞く。
正面入口は錆びた柵があるだけで、鍵などは掛けられていなかった。夕暮れの薄赤い光が、ビルの窓枠と廃墟の影を鋭く切り取り、どこか不吉な雰囲気を醸し出している。

「なんか、嫌な感じ……」
アユミが小さく呟いたが、ハジメはカメラを回しながら笑う。
「大丈夫。噂なんて所詮デマだろ。ほら、ぱぱっと撮って帰ろうぜ」
そう言いつつも、彼自身も胸の奥に薄ら寒いものを感じていた。だが視聴回数を稼げるかもしれない、という欲がそれを押し殺す。

2
朽ちた扉を開けて中へ足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。外の車の音や風の音が、まるで遠のいたかのように聞こえなくなる。
コンクリート打ちっぱなしの廊下には、足首まで積もった埃と破片が散らばっていた。何より不気味なのは、その静寂の中に微かな“ざわざわ”という音が混じることだ。
「……聞こえる? 何か……虫?」
アユミがささやき声で問いかける。確かに、壁の内側を小さな何かが走り回っているような、あるいは羽をすり合わせるような音が絶えず聞こえてくる。
しかしライトを当てても、虫の姿など見当たらない。ただひび割れたコンクリの隙間が奥まで暗く伸びているだけだ。

廊下の突き当たりに、工事用の階段が見えた。照明はすでに撤去されており、懐中電灯の光だけが頼りになる。
アユミは何度も暗闇を振り返りながら、ハジメの後をついていく。進むにつれて“ざわざわ”音が強くなっている気がするのは気のせいだろうか。

二人は2階、3階と無骨な階段を上がっていったが、床に散らばる埃の量は変わらない。それどころか、あるフロアに足を踏み入れた瞬間から、足元がざくっと奇妙な感触を伝えてきた。
「……ちょ、ちょっと待って」
アユミがライトを向けると、足元に散乱しているのは埃だけではなかった。無数の小さな黒い粒子――いや、虫の死骸だろうか? 乾いた節足や羽の切れ端が、薄く床にびっしりと敷き詰められていた。
「うわっ、なんだよこれ……」
ハジメも息を飲む。踏みしめるたび、粉砕されるような妙な感触とともに、空中に細かな粉塵が舞い上がる。

あの“ざわざわ”音は壁や床の内部でまだ生きている虫たちが発しているものなのだろうか。しかし、この量の死骸はどう考えても不自然だ。
「帰ろうよ……さすがに、これ……」
アユミの声は震えていたが、ハジメはチャンスだと思った。
「まだ撮ってないよ。もう少し奥まで行って、ネタになる映像撮らないと――」
そう言いかけたとき、遠くの廊下の先で“何か”が動いた。人の背丈ほどある影が、壁際をぬるりとすり抜けたように見えたのだ。

「ちょ、誰かいるのか?」
ハジメが声を張り上げるが、応答はない。二人は恐怖を払うように意を決してその影を追うように廊下を進む。
だが、暗がりを照らしてもそこには何もいない。ただコンクリのひび割れの中を這う無数の虫のような気配――その“ざわざわ”だけが、いよいよはっきりと聞こえてくる。

そのとき、不意に床が揺れた気がした。まるで下層から大きな鼓動が伝わってくるかのように、コンクリートが微妙に波打った。慌てて足元を見下ろす二人のライトが、灰色の床に何かの筋が浮かび上がるのを捉えた。
「あれ……?」
無数の線が集まって“網目”のような模様を描いている。よく見ると、それはただのひび割れではなく、何か生き物の血管か神経のようにも見える。コンクリートの中を脈打つかのように、わずかな動きを伴っていた。
「……こんなのおかしいって……ビルが、まるで生きてるみたい……」
アユミの呼吸が乱れる。ハジメは言葉を失った。ライトの先で、床や壁の模様がじりじりと動いているように見えるのだ。

突如、壁のひびから何か細長いものが溢れ出し、アユミの靴を濡らした。懐中電灯を向けると、それはドロリとした灰色の粘液――中には無数の白い卵塊のようなものが混ざっている。
「ぎゃっ……!」
アユミが悲鳴を上げて足を引くと、粘液は生きているかのように動き、彼女の靴底に絡みついてきた。こすり落とす暇もなく、それはじわじわと靴の布地を浸食し、表面に巣くうかのように広がっていく。
同時に、天井からも粉塵のようなものが落ち始めた。それを浴びたハジメが咳き込む。喉がヒリつき、目の奥の方へ焼けるように痛みが生じた。

「早く、外に出よう!」
二人は引き返そうとするが、先ほど入ってきた通路が妙な歪みを見せ、コンクリートの壁が遮るように動いていた。
「嘘……通れない……」
青ざめるアユミの背後で、再び“ざわざわ”音が高まり、今度は明らかに壁の内側から“無数の音”が近づいてくる。コンクリが崩れかけた隙間から、真っ黒な何かが多数飛び出してきた。
それは羽根を失った巨大な蟲の群れか、あるいは何かの幼体か――あまりにも異様で、ライト越しにも細かい足や触角がうごめくのがわかる。

退路を塞がれた二人は階段を駆け上がるしかなかった。4階、5階……上へ行けば行くほど、空気は濃密な湿気と腐臭を帯び、そこらを走る虫の大群が目に見えて増えている。
「どうして……なんでこんなことに……」
体力の限界で泣きそうになるアユミに、ハジメも声をかける余裕がない。息を切らしながら、彼はただ無言でカメラを回し続けた。
しかし、そのレンズには正気を失いそうな光景ばかりが映る。通路の天井や壁には灰色の網目がびっしりと走り、所々で人の形をした“何か”のシルエットが盛り上がっているように見えた。

「ねえ、あれ……人……?」
アユミが指さす先、壁からせり出す瘤のような突起には、まるで人の腕に似た膨らみが生えていた。それが痙攣するようにびくびくと震え、皮膚のようなものが裂け、中から卵か蛆のかたまりがにじみ出してくる――。
あまりの気味悪さに目をそらそうとするが、頭の隅には「これがかつてここに来た人のなれの果てではないか」という疑念がこびりつく。

どこまで上ったかもわからなくなったころ、ようやく階段の上に“屋上”と思しき扉が見えた。鉄製のドアは錆びているが、かろうじて開きそうだ。
「そこ……開くかも……!」
ハジメが何度も肩でぶつかり、ドアをこじ開ける。外の風が一瞬入ってきた。夜の空気がかすかに流れ込んだことで、二人の胸に一瞬だけ安堵が広がる。
(まだ外には繋がってる……!)
だが、その一瞬の安堵は振り返った扉の向こうを見た瞬間に打ち砕かれた。

“動く影”が無数に群れていまにも溢れだしそうになっていた。
ときどき人間の上半身に似たシルエットが、のたうつように黒い液体を吐き出している。扉から出て屋上に次々と動く影が増えていく。
悪夢そのもの――二人は声にならない悲鳴をあげ、後ずさったが、背後からも“ざわざわ”が迫ってくる。見れば虫のようなものが黒い垂れ幕のようになって屋上から見える空を遮っていた。もう逃げる場所などない。

「……わたし、帰れないの……?」
アユミが嗚咽まじりに呟く。ハジメはのろのろとカメラのレンズを屋上の光景へ向ける。
一歩足を動かすだけで、足元の何かが潰れ、粘液とともに濁った臭いが鼻を突く。
視界の影から、ヒトのような骨格を持つ形がすうっと立ち上がる。瞳はなく、口からは虫がこぼれ落ちる。それがゆっくりとアユミに向けて手を伸ばし、咀嚼音にも似たかすれた声を上げた。

もう逃げられない。どこを見ても“それ”だらけだ。
「ハジメ……助けて……」
アユミが涙を浮かべながら叫ぶが、ハジメには映像を回し続けることしかできない。そこへ闇のように押し寄せる得体の知れない群れが、彼らを包み込む。

――バチバチッ。
カメラの映像が乱れ、レンズに何か黒い液が飛び散る。
「助け……まって……! ひぎゃあああ……」
断末魔にかき消されるように、カメラは地面に転がり、最後に屋上の夜空を映し出した。星の光など届かない、濁った夜の空が視界を覆う。次の瞬間、ビィーーーーと警告音が響き、それを最後に屋上で動く者の音は途切れた。

   

エピローグ

   
数日後、ハジメとアユミを含む数名の行方不明者が出たという噂が街で広まった。警察がビルを調べに行ったが、鍵が掛かっていたわけでもないのに、誰も中へ踏み込みたがらなかったという。
遠目に見るかぎり、そのビルはただの廃墟でしかない。だが、中へ入った者は決して戻ってこない。
まるで生き物のように呼吸をする壁、無数の虫の屍骸を踏みしめる床、そして屋上に巣食う“群れ”。それらは静かに獲物を待ち続ける。

噂が消えない限り、誰かがまた、あのビルに足を踏み入れるだろう。そのときまで、廃ビルは“腹をすかせた怪物”のようにじっと待っている――。

  

the-building-of-fear end