遭難した宇宙船不思議な救援

 

◆あらすじ
事故で遭難した探査船のクルーである主人公。無人の船内の酸素は数日分、通信装置は破損している。主人公が死を受け入れかけたとき、“何か”が現れる。

それは、人の形を模した実体無き光のもやだった。得体のしれない存在と言葉を交わす、彼の先に待ち受ける結末とは……。

※以下の内容が含まれます※
SF、怪奇、遭難、宇宙

 

 

記録【1】

 

酸素残量:38時間27分。

 

探査船〈セラミス9〉の艦内に、音はなかった。
音というより、動きがなくなっていた。
空調はかすかに生きているが、それもいずれ止まる。
通信パネルの表示が割れていて、信号の送信ログすら読み取れない。

航行の途中やむを得ず船が流星群を通り抜けた際、船体の一部が避けきれず、一瞬で何もかもが沈黙した。
その中で、たった一人だけ――生きていた。

「……なあ、誰かいるか?」

言葉は、壁に当たってそのまま落ちた。
返事がないことにはもう慣れている。
だが、それでもときどき、言いたくなるのだった。
自分の声を聞いていないと、“今、自分がどこにいるか”がわからなくなる。

遠くから金属の軋む音がした気がしたが、それは彼の頭の中で生まれた幻聴だったのかもしれない。
重力が不安定で、眠りも浅い。
水も食料も口にできなかった。
だが不思議と、死ぬのが怖くはない。

怖くない、という感情すら、もう湧かなくなっていた。
 
無為に時間が過ぎ、彼が眠れずに、ただ薄暗いブリッジでじっとしていたとき。“声”を聞いた。

「やあ、これは珍しいものを見た」

ふと、そんな言葉が降りてきた。
どこから? 誰が? 何のために?
そんな問いが脳に届く前に、次の言葉が続いた。

「驚かせたならすまない。あまりにも長い間、忘れていたものだから、触れたくなったんだ」

彼は思わず上半身を持ち上げ、周囲を見回した。
誰もいない。もちろん、そんなことは分かっていた。

「……ああ、これが幻聴ってやつか……?」

「そう思ってもいいよ。でも、わたしはここにいる」

船内で光が、ほんのわずかに明滅した。
そして、空間に“揺らぎ”が生まれた。

人の形をした光。
輪郭は曖昧で、しかし確かに「人」に見えた。
男でも女でもない。
ただ、柔らかく息をしているような存在だった。
 
「……誰、なんだ?」

「わたしたちは、進化したあなたたちだよ。肉体を持つことをやめ、時間を横切るようになった」

「……おとぎ話かよ」

「そう思うなら、信じなくてもいい。でも今、あなたのそばにいるこの“わたし”は――あなたに触れたい」

触れたい?
彼は手を伸ばした。
でも、その“光”は掴めなかった。
空気のようでもあり、水のようでもあり、手のひらをすり抜けていく。

だが、奇妙な感覚があった。

触れていないのに、手を包まれているような。

「わたしは、触れるということを覚えていた。あなたのおかげで思い出したんだ」

その声が、どこか嬉しそうだったのが、彼には怖かった。

 

記録【2】

 

酸素残量:12時間13分。

 

彼はもう、途切れ途切れに眠るたび“その声”と語るようになっていた。
最初は幻覚だと思っていた。
だが、繰り返される対話の中で、自分が“知るはずのない記憶”を共有されるたび、これは実際にここに居る存在なのだと、そう確信するようになった。

「あなたはさみしいの?」

「たぶん、そうだな。みんな先にいっちまったから」
 そうでもなければ、こんな奇妙な奴とおしゃべりはしないだろう。彼は船内唯一の光を見る。

「さみしいまま死ぬのは、悲しい?」

「……ああ」
 この不思議な出会いを歓迎する気になっていた。死ぬ瞬間誰かが傍にいてくれるのは悪い気がしない。

「じゃあ、私があなたとひとつになれば、もう孤独じゃない」

そういうなり、光から手のようなもやが伸ばされる。

逃げる気は起きなかった。

融合の感覚は、やさしく抵抗がない。
触れた部分から、境界がほどけていく。
体温、痛み、空腹、記憶、重さ――
すべてが彼の“中”から離れて、どこかへ溶けていった。

彼の意識は溶けてなお残っていた。
ずっと隣に誰かがいる。そして、そいつは長々と知らない宇宙の旅の話、体を持っていた頃の思い出を語りかけて来たように思う。

「わたしは、あなたの“触れたかった”という感情が、うれしいよ」

 

記録【3】

 

酸素残量:00時間24分。
 
目が覚めたとき、彼は床にいた。
重力が戻っていた。
体の感覚も戻っていた。
自分の手は、しっかりと血が通っていた。
喉は乾いていた。
寒さも感じた。

「……?」

割れた通信パネルが微かに光っている。

『救難信号、応答あり』

点滅するメッセージが割れた画面の端に見える。彼は目を見開いた。

生きているか分からない応答ボタンを押した。

「こちら救助船〈シグナル7〉、着艦態勢に入る。状況を確認次第、回収を行う」

頭が混乱していた。
夢だった? それとも現実だった?
あの光は……?

「久々に、君たちの“助け合い”に加わることができてよかったよ」

そのささやきは、背後から聞こえた。

振り返ると、誰もいない。
だが、床に反射した光の揺らぎが、笑うように揺れている気がした。

ハッチが開いた音がした。
彼はゆっくりと歩き出す。

光に触れた自分の手を見ながら、ふとつぶやいた。

「……夢だったのかな」

そして遠ざかる破損した探査船の灯りが、最後にもう一度だけ、まばたきのように明滅した。
 
 

 

 

※この作品はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。

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